昨年11月に発売された「オリンピック・デザイン・マーケティング」という書籍を読みました。

あの「エンブレム問題」を契機に、オリンピックとデザインとマーケティングが関わる歴史を振り返り、どうしたあんなことになったのかを非常に丁寧に掘り下げています。引用元のリストを除いても、363ページで字も割と小さく、かなり読み応えのある本でした。筆者は社会学者で、公になっているもの、例えば、新聞や雑誌の記事、公的な組織が出した報告書、当事者のブログを膨大に集めて、分析しています。スポーツビジネスに関心がある人でもかなり読むのが大変で、むしろデザインの素養のある人の方が読みやすいと思います。

 

柱は

「作り方」 デザイン関係者。どういう意味を持たせて作るのかの視点

「使い方」 広告関係者。作ったものの展開はどうするのかの視点

に分け、その関係を分析すること。

亀倉雄作氏がデザインした1964年東京オリンピックのエンブレムの称賛、その考えを受け継いだ1972年札幌オリンピックのエンブレム。その後はエンブレムはオリンピックのマーケティング上、重要な役割を果たすようになり、広告関係者の意向が入ってくるようになったこと。マーケティング主導だった1998年長野オリンピックのエンブレムは、デザイン関係者はさっぱり評価していない、人によってはスルーしていること。佐野氏のデザインには赤い丸があり、過去の東京と札幌の考えを受け継いでいること。要約するのも失礼なほど、実にきめ細かく情報を集めて、解釈しています。分析的な書籍は、当事者に振り返ってもらうインタビューを中心にジャーナリスティックな形で行われるものが多いですが、この本は当時の記事を集め、それが捕えきれていなかった点を指摘している、アカデミックな書き方でした。

 

本を読んで、自分の専門分野であるPRの視点で、「エンブレム問題」のような事態を防ぐにはどうすればよいかを考えてみました。PR視点から見て、エンブレムを決めるプロセスのようなテーマは、かなり難易度が高いです。

まず、オリンピックというのは国民的な関心事(開催時の視聴率は非常に高い)で、報道には非常に力が入っています。また、多額の税金が投じられており、マスメディアの見る目、世間の声は厳しくなります。オリンピックに関係する団体はその精神を広め、機運を高めること(オリンピックムーブメントと言います)も重要な任務であるため、積極的に広報します。これらの環境から、ネットでも非常に話題になりやすいです。また、主催者であるオリンピック・パラリンピック組織委員会の側も、東京都、スポーツ庁、政治家、企業からの出向者など、立場の異なる人が多くいて、その調整は非常に難しいです。

これらの難しさを踏まえたとしても、批判を避けるためには、透明性を担保することと、小まめに情報を出して反応を見ながら、説明の仕方を調整していくというオーソドックスで地道な方法が有効と考えます。「話す」と「聴く」と「調整する」をまめにやるしかありません。例えば、選考プロセスには節目がいくつもあります。リーダーの人選、審査委員の人選、審査基準の決定、選考プロセスの決定、応募資格者の選定、応募期間と締め切り、候補作品の発表、最終選考、決定作品の制作者の発表などです。その都度ごと、マスメディアに説明し、第三者の目で見てもらう。大きな疑問が呈されたら、「こちら様」の事情を押し付けても、問題を先送りするだけ、爆発の火種を大きくするだけです。プロセスや考え方のほうを変えることも視野に入れて、取り組まなければなりません。

 

「エンブレム問題」では、選考プロセスがあまり説明されないまま、世間の反応を得られないまま進められました。パクリ疑惑がネットで炎上して、その後に選考プロセスの問題点を指摘されるという後手を踏んだ形になってしまいました。ネット時代の対応の大変なところは、非常に熱心に調べて自説を発表する人が膨大な数いることと、それが広まる、互いに反応しあうスピードが速いということ。途中経過で先に、小さくてもいいので「これはこうしました。なぜなら~」というのを説明しておかなければ、邪推と取られるようなコメントの方がパワフルで、どんどん広がってしまいます。

「エンブレム問題」のケースでは、再度エンブレムを決める際に、公募で決めました。この選考プロセスは、反省を生かして組織委員会により、非常に丁寧に説明がなされました。また、新デザインを決めた後に、それを使った表現などが他者の手にゆだねられるオープンデザインという考え方も、この本では説明されています。選ばれたデザイナーの野老氏(この方のお名前の方が忘れられていませんかね?)のその考え方は、非常に共感を呼ぶお話です。

オリンピックほど広く関心を集め、複雑な事情をはらむものは他になかなかないのですが、この本を読むことで、スポーツPRを考える大きな契機となりました。