今回は、最近学んだ海外のクリエイティブ事例を紹介します。「スポーツPRはここまでできるのか」と、かなりの衝撃を受けたので、書かずにはいられなくなりました。
「カンヌライオンズ」というイベントをご存じでしょうか。
「カンヌ映画祭なら知っている」という人も多いでしょう。もともとは映画祭の劇場広告部門だったものが独立して発展してきた国際的な賞で、かつては「カンヌ国際広告フェスティバル」と呼ばれていました。
カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル
2011年に「カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル」に改称され、広告に限らず、対象を広げ、それに伴って多数の部門が設けられました。毎年6月、映画祭の約1か月後にフランス・カンヌで開催されています。
私が初めてこの存在を深く知ったのは、2017年に外資系PR会社へ転職したときでした。研修の一部で、その会社の受賞キャンペーンを学び、「こんなキャンペーンもできるんだ」と、PRが持つ独創性とスケールに衝撃を受けました。それまで見えていなかったPRの“エベレスト”を目の当たりにし、自分の視座が一気に引き上げられた感覚を今も覚えています。
カンヌライオンズの数ある部門の一つとして、2019年から「Entertainment Lions for Sport」が設置されました。公式サイトによると、スポーツの普遍的な魅力を生かし、観客と感情的なつながりを生むキャンペーンが対象となっています。今年と昨年のグランプリ受賞作を紹介します。
2025年グランプリ:「Haaland Payback Time」(Clash of Clans/DAVID New York)
サッカー・イングランド・プレミアリーグのスーパースター、アーリング・ハーランド選手が、自身も10歳からプレーする人気ゲーム「Clash of Clans」に初登場。彼が作ったゲーム内の村を破壊する権利を、なんと対戦相手チームのファン=“アンチ”に与えるという企画です。通常、この手のキャンペーンはその選手のファンを主に狙って商品の好意を高めますが、この企画は真逆。彼のゴールで負けたというネガティブ感情を、ゲームを使ってポジティブな熱量に変え、3,400万人以上が参加、ゲームの新規プレーヤー数は150%増加。スポーツ×ゲーム×有名人の融合と、逆転の発想が高く評価されました。
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2024年グランプリ:「WoMen’s Football」(Orange/Marcel Paris)
フランスの通信会社Orangeによるキャンペーン。「女子サッカーは男子より技術が劣る」という偏見に挑戦するため、フランス女子代表の試合映像の選手を、AIとVFXで男子代表選手に置き換えた映像を制作。最後に種明かしされると、視聴者は驚きと共に、男女の技術差がないことを即座に理解する構造になっています。91か国で見られ、2億超のオーガニックビューと450以上の報道を獲得。92%の人が「見方が変わった」と回答し、偏見を一瞬で覆す鮮やかな手法が大きな議論を呼びました。
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“ひっくり返し方”の鮮やかさと斬新さ
これらの事例は「話題になる」「広まる」だけに留まりません。その先にある、人々の認識や意識を変える=パーセプションチェンジまで実現しています。これがPRの本質です。Entertainment Lions for Sportが競っているのは、この“ひっくり返し方”の鮮やかさと斬新さです。
応募に際しては、「なぜ、この作品がスポーツにとって重要か?」を説明することが必須になっています。賞のタイトルが「for Sport」になっていることに気づいていますか。スポーツに新しい創造性をもたらす発想が必要であり、そしてPRとしても斬新であること。世界最高峰では、アイデアの段階で勝負が決まっており、「作った後でどう広めるか」という話はしていません。
これらの事例の鍵は、常識を覆す逆転で、パーセプションチェンジを鮮やかに演出することです。日本でも、偏見や固定観念を一撃で覆す瞬間を意図的に設計し、効果を数字で証明すれば、強いインパクトを与えるキャンペーンはできるはずです。
勉強のためにカンヌの現地への訪問を考えたこともありますが、本音はそうではないので、今でも行ったことがありません。
死ぬまでに一度は受賞する企画に携わり、ノミネートされて現地でその瞬間を味わいたい。
愚直な実践は続きます。