春学期もあと2週間で終わりを迎えます。大学院での学びも1年目が終了するわけです。

その間に、学内のスポーツ、フットボール、バスケット、サッカーなどいろいろ見てきたのですが、このブログにはあまり書いてきませんでした。それにはひとつ大きな理由がありました。

見るたびに、留学生としての疎外感を大きく感じて、楽しくもなく、満足感にも浸れないのです。つまり、あまり書く気が起きなかったのです。

大学が莫大な予算を投じて運動部を維持したり、スタジアムを建設したりする理由は何でしょうか?いろいろな競技を見て感じながら、自分の中に浮かび上がってきた言葉は、

大学というコミュニティーの一体感を高めること、でした。

キャンパス内およびこの町の中に、フットボールスタジアムのように5万人以上が集まることができる場所は他にありません。その熱気の中で、ほぼ全員がひとつのチームを声を合わせて応援したり、スタジアムの周辺で伝統を感じたりすることは、自分がこの大学の一員であるという気持ちを非常に強く感じることができます。クラシックコンサートなど、他にも学内イベントはあるのですが、規模の違いが圧倒的であること、めいっぱい騒げることなどの点でスポーツの方が一体感を高めるのに有効な感じが個人的にはします。

しかし、どの競技を見に行っても、留学生やその家族と見られる観客は1%ぐらいでしょう。自分の目でざっと見たところなので、正確ではありません。欧州系の留学生らは見た目ではわかりませんし。このキャンパスの学生の留学生の比率は約10%(約4万人のうちの4000人弱と言われている)ですから、僕はこの比率は低いと思います。もちろん、留学生の中には、スポーツがまったく好きではないという人も多いでしょう。フットボールだとルールがわからないという理由もあるでしょうが、サッカーやバスケットボールというルールのわかりやすいスポーツでも、比率はあまり変わりません。この単純に人数が少ないことが、僕が疎外感を感じた一つの理由です。

もう一つは、スタジアムの中には、外の人間関係をそのまま持ち込むだけだ、ということです。スポーツ観戦にいく場合、家族や友人などと一緒に行くのが普通だと思います。同じ寮に住んでいる仲間と見に来ている人もいます。そして留学生は、ほぼ留学生だけが固まって見ているのが多いです。

そんなの当たり前じゃないかって? それで十分楽しいじゃないかって?僕も考えたのですが…

でも、もし、スポーツの場で外とは違う人間関係が生まれたら、もっと楽しいですよね。たとえば、○○ファンの集まるバーなどでは、共通の話題で盛り上がって、外とは違う人間関係が築く機会があります。もちろん、嫌ならやらなくてもいいです。スタジアム内で、同じチームを応援するファンが隣にいて、そうした関係を築くのは不可能なのでしょうか? そして、これは間違いなく、最初に書いた 「大学というコミュニティーの一体感を高める」というこのイベントの意義につながっています。

仕掛けをつくってみる価値はあるのではないかと考えています。

あるプレーが出たら必ず見ず知らずの人とであっても隣の人とハイタッチをするとか、ある応援歌を歌うときは必ず隣の人と肩を組むとか。

もしくは、試合より先に、交流の場をつくって、人間関係を築いておくというのもありえます。ルールがわからないけど、あの雰囲気を味わってみたいという人に、簡単にレクチャーし、一緒に見に行って教えてもらえるグループをつくっておくとか。

もちろん、わずか1%、最大でも10%にしかならない留学生に、観客動員のためのエネルギーを注ぐのは効率が悪いというのは当然の考え方だと思います。でも、留学生関係なしに、たとえば卒業生と在校生のつながりとか、違う専攻の人とのつながりとか、他に使えるチャンスもあります。

 

スポーツ観戦の場は、騒ごうが、踊ろうが、食べようが自由という特徴があります。集まれる人数も桁違いに多い。仲間内で競うわけでもない。実際に自分がプレーしたり、何かを披露したりするイベントと違って、うまい下手もほとんど関係ないです。おそらく長い歴史を通じて、スポーツ観戦のイベントの規模が大きくなってきているのは、このあたりに優位性があったのではないかと考えています。それを生かさないのはもったいないなぁ、と思うのです。

 

ちょっとまとまっていませんが、触れたいと思っていたことは書けているので、アップします。何かの参考になれば幸いです。