この週末を利用してニューヨーク州バファローにいる友人を訪ね、当地のスポーツイベントをいろいろと見学する機会に恵まれました。

勉強になったことは多々ありましたが、その中で最も大事だなということをひとつ書いておきたいと思います。

スポーツを見たいという僕の無理なお願いにもかかわらず、友人は下調べをしてくれていていました。しかしながら、スケジュールに合っていたスポーツイベントはそんなに多くなく、寒さを我慢しつつ、Canisius Collegeの女子サッカーを見ることにしました。この渋い選択が吉と出ました。

アルミ素材の小さなスタンドにいたのは、ほとんどが選手の家族や友人と思われる人たちで、数十人といったところだったでしょうか。小さいながらも観戦用のスタンドがちゃんとあること。そして、このくらいの観客しかいなくても、売店が営業していたり、ちゃんとアナウンサーがいたりするところに、アメリカのスポーツビジネスの裾野の広さを感じさせます。

選手たちの体格や技術は、少々頼りない感じのするものでした。言い換えると、プレーで「おっ! やるな」と思わせることは難しいレベルでした。それでも、少ないながらも見に来てくれる人がいるわけです。

試合を見た後に歩きながら、日本におけるカレッジスポーツ拡大の可能性という点に話は進んでいきました。そして、「この日見たような光景が、スポーツ観戦の出発点なのではないか?」という話になりました。

アメリカのカレッジスポーツというと、10万人も入るフットボールスタジアムがキャンパス内にあったり、テレビ中継があったりという大きなビジネスに目が行きやすいと思います。しかし、その裾野は非常に広く、学生数が数千人と小規模の大学(Canisius Collegeは学生数が約5000人だそうです)や、人数の多い大学でもスポーツが2部、3部に属している学校もあり、そこでも、小さな規模でスポーツ部が役割を果たしているという現実があります。

自分が通うインディアナ大学には、5万3000人が入るフットボールスタジアムがありますが、記録をめくると、いきなりこの規模を作ったわけではないことがわかります。最初は、ごくわずかな熱心なファンが見に来てくれていて、それが何百、何千と徐々に増え、2万人ほどのスタジアムを一度つくって、学生数の増加などでそれも手狭になったので別の場所に新築し、その後も、スタンドは少しずつ足していったのです。何万人も集めるスタジアム、競技にも、ごくわずかな観客数しかいなかった時代があることは意外と忘れられています。

 

では、この日観戦に来ていた人たちは、どうして、この寒い中、帽子と手袋と毛布を持って、わざわざ見に来ているのか?

それは、選手に対する親近感ではないでしょうか。

(あまり、うまくはないかもしれないけど)知っているあの子ががんばっている姿を見に行こうじゃないか。

ということです。プロのようにプレーですごいと思わせるか、さもなければ、選手に親近感を持ってもらうというのが観戦の動機では、というのが友人の分析でした。

だとすれば、観客を増やそうとするなら、選手を知らない人に対して、親近感を増すような仕掛けをしていくことが大切になります。たとえば、インディアナ大学では、体育会の選手はほぼ全員、通学かばんにプラスチック製のネームタグ(所属クラブや背番号も書いてある)をつけています。クラスでは、知らない友達とそれが話のきっかけになるのです。

もう一歩進めて考えると、一度観戦に来てもらえれば、スタンドはほかの観客と交流を深められる場になることができます。そこにいる選手たちと競技という明白な共通の話題があるのですから、親しくなる導入部は難しくないはずです。いろいろ話して、観戦仲間ができれば、「あの人と試合を見ながら話をするのが楽しいから」という別のつながりができます。

勘のいい読者なら、「あっ、これにフェイスブックやツイッターを絡められるかも」ということに気づいたかもしれません。これらは、一つ一つのつながりで集団が成り立っていることをわかりやすく示していますよね。

選手と観客、観客と観客という小さなつながりの積み重ね。

寒さの中での女子サッカー観戦は、スポーツ観戦の出発点はこういうことなんだなあと考える大変よい機会となりました。