先日、マーケティングの専門家、阪本啓一さんのブログのこの話を読んでいて、「これって、スポーツファンが物を買う時にも、まさに当てはまるなぁ」と感じました。

そのブログは、AKB48総選挙を阪本さんが見て、どう解釈したかが書いてあります。ちなみに、AKB48は、僕が2年前に日本を離れてから爆発的なブームが来たものなので、日本に住んでいる皆さんとは触れている情報量に大きな差があって、よくわかっていません。しかし、そのブログの記事の要点は互いに関連している2点にあると解釈しました。

○「人が必要としないものを買う時、物語は有効だ」というSeth Godin(この人もマーケティングの専門家)の言葉

○自分の物語と、その物語に満足する自分を買っている

 

この話にビビッと反応した自分には、伏線がありました。先月、アトランタを訪問する機会があって、その時に「ワールド・オブ・コカコーラ」という博物館を見学しました(アトランタにはコカ・コーラの本社があります)。普通の会社の博物館と同様に、古い商品や看板などが世界各地から集められてもいるのですが、ここが一味違うのは、3つの非常に凝ったつくりのアトラクションやムービーで、商品に関係するストーリーや世界観を、これでもかと印象づけるのです。コンピューターグラフィックスや3D映像などで、手間もお金もかなりかけて、一生懸命取り組んでいるなと感じました。それを体験し終えた時に、「味つき炭酸水に、ストーリーを盛る技術がすごい。だから、世界トップクラスの会社なんだな」と感心したのでした。逆に言うと、そこまでやらなければ競争に勝ち残れない、大変な世界だとも感じました。

並べられている広告や看板などもこうしてみると、「盛るストーリー」は時代によって、国によって、随分違っているということもわかります。例えば、日本の昔の看板で、加山雄三さんを起用した「お中元にどうぞ」というのがありました。今、コーラはコンビニで買うもので、お中元で持っていく人はあまりいないでしょうが、当時は、アメリカから来たしゃれた飲み物というイメージで、ちょっと西洋風なライフスタイルを知っている人たちの物語を満たす商品だったのだろうと推察しました。

 

スポーツ界に話を展開させましょう。スポーツファンがわざわざ1万円も出してレプリカユニフォームを買ったり、高額なサイン入りグッズを買ったり、さらには、チケットを買って観戦することだったりも、生きるためにものすごく必要なこととは言い切れないものばかりです。「俺はこのチームを応援することが生きがいだ!」というのはわかりますが、応援するにもお金のあまりかからないテレビ観戦という手もありますし、レプリカユニフォームを着ていなくても別にスタジアムで試合を見ることはできます。「そこまでやっている熱心なファンなんだぜ」という自分の物語に満足して、お金を払っていると見ることができます。

ある試合の前に、見どころをマスメディアやチームのウェブサイトなどで伝えるのも、この「ストーリーを盛る」ということに直接関連しています。僕は何度か、選手やチームの予備知識ほとんどなしで、外国で試合を見たことが何度かあるのですが(たとえば、ロンドンでセミプロのバスケットボールを見たりとか、アメリカでアリーナフットボールを見たりとか)、そうなると、見たまま突っ込みのようなことしかできないので、面白さが減ってしまいます。それが、移籍したある選手が古巣と対決、というようなストーリーが加わると、「ファンとしては、これは見逃せない」という動機になりえます。また、わりと古くからある手法で「○○デー」というのも、プレゼントがもらえるというのもありますが、「そういう日なら、行かなきゃ」と購買につながる物語を設定しているわけです。例えば、ある選手の誕生日で、フィーチャーされるなら、平日だけど行ってみようか、となるお客さんがいるのではないでしょうか。

そして、売るものの事情や、お客さんの気持ち、時代の空気などを総合的に判断して、この物語を書いていくのが、マーケティングという仕事の重要なパートを占めているのです。

感覚的な話でちょっと難しいかもしれませんが、わかりましたか?