東京以外に住んでいる方には、ピンと来ないかと思いますが、2020年パラリンピックを前に、障がい者スポーツの大量のメディア露出が続いています。新聞やテレビでの放送のみならず、スポンサー企業による広告、交通機関のビジョンでの競技紹介、それから地域や企業が主催するスポーツ体験イベントと、毎日、どこかしらで目に入ると言っても過言ではありません。先日、出張した時に、ふと気づいたことでした。

 

パラリンピックは障がい者の能力に対する偏見を打破する、という効果があります。先日、「ストローケンデル博士に学ぶ スポーツと障害者の社会参加」(監修:一般社団法人 コ・イノベーション研究所)という冊子を読みました。

障害者スポーツの父、と呼ばれるルートヴィヒ・グッドマン卿は、偏見を変えるために「公開する」大会を企画したそうです。選手の能力に驚けば偏見を打ち破り、充実した笑顔を見れば不幸な存在ではないことが伝わり、感情の爆発は人としての共感を引き出します。

 

ただ、パラリンピックには「公開する」大会としての強みしかないんです。

スター選手の登場は、必ずしも普及にはつながりません。例えば、ああいう選手に近づきたいと思っても、身近にその競技に参加できる環境がなければ、実現しません。トップレベル、競技レベルだけでなく、余暇レベルの広がりにも目を向けることが必要です。つまり、地域で障害者スポーツの裾野が広げることは、パラリンピックとは全く別の取り組みが必要になります。この冊子では、ドイツの例として、スポーツ導入キャンプの実施、リハビリテーションセンターとの連携、初心者の継続参加を促す指導者の養成の3点が挙げられています。

 

広報・PRという観点からすると、パラリンピックについては、現在のやり方を続けていけば、ある程度はいい方向に行くでしょう。現時点でも、少なくとも認知度は上がり、以前よりも距離感は縮まっていると思います。あとは、ワンパターンで少々飽きられている感じがするので、工夫が必要でしょう。

普及については、広報・PRも別の方法が求められます。泥臭い方法が有効だと考えられます。