卓球の全日本選手権が開幕しましたね。

記者時代には、1年の中で最も楽しみにしていたと言っていい大会でした。他のスポーツにも全日本選手権はありますが、卓球ほど出場選手がバラエティーに富んで、いろいろな話題が書けるスポーツはなく、連日10時間くらい会場にいても苦にならず、記者としての腕の見せ所がやってきたな」と思ってやっていました。

オリンピックに出るような名前の知られた選手だけでなく、実業団選手に勝つ小学生もいれば、大ベテランも存在感を見せ、夫婦ペアという話題もあれば、ファッションを追求した選手もいました(これだけで、誰の事を指しているのかわかったあなたはかなりの通です。)

世界選手権が毎年テレビ中継されるようになった今とは違って、僕が担当になった2003年は、福原愛選手が一般の部に出始めた頃で、それ以外のことはほとんど注目されない状況でした(彼女の試合が終わると、報道陣ががくっと減った)。そこで、いかに関心を持ってもらえるような記事を書くのかを、すごく一生懸命考えてました。その時の工夫と言うのは、スポーツのプロモーションにつながることだと思うので、思い出しながらポイントを書いておきます。

(1)受け手は、どのくらいのことを知っているのだろうか、とイメージする

新聞の場合、元卓球選手のような専門家は情報の受け手の大きなパイとしてイメージしません。スポーツが好きで、野球、サッカー、ゴルフなどテレビでよくやっているスポーツについてはよく知っているが…、という人を読者として想定します。僕は父親や大学の同級生など、スポーツは好きだけど、スポーツ業界にはいない人を具体例としてイメージしていました。

(2)そのような人に、どこまで噛み砕けばよいのかをイメージする

そして、選手の情報としては、福原選手しかしらないだろうと。従って、それ以外の選手を取り上げる場合は、分かりやすい特徴(肩書きや実績、風貌、年齢や出身のデータ)以外に、よく福原選手とのつながり(対戦したことがあるとか)を書いていました。世界選手権代表と書けば、スポーツ好きなら、この選手は強いのだろうというのはわかります。

それから、卓球と言う競技の一般的なイメージは、温泉でポコポコやるものという感じだろうと想定し、トップ選手の試合はいかにスピードがあり、すごい回転をかけ、知略に満ちているのかも必ず触れるようにしました。 スポーツファンなら、野球の投手の球速が150キロなら速い方というのは知っていると思います。卓球のスマッシュはそれより速い190キロと書けば、わかるだろうとか。「卓球とは、F1に乗りながらチェスをするような競技」という表現を使ったこともありました。

(3)半ば強引に、キャッチーな表現を使う

これで、最も効果的だったのは「愛ちゃん2世」という表現でしょう。小学生で一般の部の3回戦まで勝ち上がったのが福原選手以来だったことから、当時(もちろん、その後現在にいたるまで順調に育つかはわかっていません)の石川佳純選手につけました。こう書けば、「小学生だけど、すごい選手なのだな」というのが、読者に一発でわかりやすく伝わるかと。簡単でないと覚えてもらえません。本人の名前は忘れても、わずかでもいいので存在が記憶に残るなら、「普及」には成功です。

(4)周りにとやかく言われようとも、地道に継続する

キャッチーな表現でも一度やっただけでは忘れ去られてしまいます。自作自演ではありますが、「昨年、○○で話題となった」などと毎年、しつこく取り上げることも大事です。笑われようが、多少、苦言を呈されることがあろうが「将来はこれが実る」と思って我慢しましょう。実際に実った例もたくさんあります。

 

このプロセスを続ける時に、最も手ごわかったのは「専門家」です。古きよき時代を知っている人、長年その競技を見続けてきた人、自分が元選手だったりして思い入れが深い人、その競技の関係者ばかりに囲まれて毎日を過ごしている人。スポーツの大会会場にはそうした人がたくさんいます。また、自分も経験を重ねていくと、「専門家」に近づくわけで、そうした時には(1)を必ず思い出すようにしました。プロモーションというのは、大きな試合の日に会場に来るのは当たり前だろう、というような人以外に広めていくのが仕事です。つまり「専門家」と「ファン予備軍」のギャップを埋める立場に徹しなければなりません。「あの表現はどうか」などと苦言を呈された時には、「敢えてやっている」ということを、きちっと説明する必要もあります。「専門家」の中には、自分以上にわかりやすく物事を説明してくださる方もいて、心強かったです。

 

記者ではなくても、現在スポーツ関係の仕事に携わっていて、どうすれば、このスポーツ、チームの人気が上がるのか、と日夜考えている人が多くいると思います。参考になりますか?