思い起こせば、ちょうど2年前の今頃、アメリカでの生活をスタートさせました。

太陽や風の感じで、ふとそのころの感覚を思い出しました。1年前には、ブログを始めて何が変わったか、というような内容をまとめましたが、今回は留学生活の2年目は何に取り組んで、今はどうなったのかを書きます。アメリカでのスポーツ業界への就職活動の参考になれば、幸いですが、僕は成功した例ではありません。

 

(1)自分が何を持っているのかを深く考える

留学生活の1年目、つまり半分を終えると、卒業後にどのような仕事をしていくのかが自分の日々の生活の中心になりました。ちょうど昨夏から、インターンにもいろいろ申し込み、また、その過程で学校のキャリアカウンセラーにもお世話になりながら、自分の方向性を固めていきました。相談する中で、自分が何を持っているのかをはっきりさせたことが、その後、非常に大きな助けとなりました。さまざまなスポーツの知識、日本のスポーツ界への人脈、日本語の文章力やコミュニケーション力は十分に生かせますし、メッセージを抽出してそれをうまく伝える能力もあるといえるでしょう。また、大学で学んで強化したことでは、マーケティングなど経営の知識と、ソーシャルメディアの実践、異文化の中でもコミュニケーションをして能力を発揮できること、それから地味ですが、記者時代には不要だった印刷物のデザインやパワーポイントなどのソフトの技術なども習得していました。

 

(2)持っているものをどう使えるのかを考えて、履歴書を送りまくる

あーだ、こーだと考えているだけでは、物事は進みません。失敗してもいいから、とにかく行動しました。仕事を得るには、応募をしないと始まりませんから、自分の履歴書を次々と送っていきました。メジャーリーグやメジャーリーグサッカーの全クラブへ、また、去年の夏には日本が女子サッカーのW杯で優勝しましたから、便乗(?)でアメリカの女子プロサッカーリーグ(WPS)の全チームにも送りました。ご存知の方も多いと思いますが、このWPSは経営がうまくいかず、休止となり、自分にコントロールできないことは気にせず、前に進むことが必要と学びました。
アメリカの就職活動では、履歴書に必ずカバーレターというのを添えます。自分が応募した理由を短く述べ、また募集している役割にふさわしい理由を、履歴書に書いてあることに補足する形で3点ほど書くのですが、これが非常に勉強になりました。(1)で挙げた「持っているもの」を、そのポストで求められている能力や経験にマッチさせるというプロセスです。「こんなのできるのは、僕しかいないだろう」というくらい書きやすい仕事と、こじつけに近いくらい書きにくい仕事があります。僕の場合だと、たとえば、テニス大会のマーケティングというようなのが前者で、モータースポーツ会場でのイベント運営のようなのが後者になります。数を重ねていくと、感覚的に、自分に向いてそうなのもわかってきますし、書類選考を通過して電話インタビューに呼ばれるのは、可能性が高い仕事だと考えられます。

 

(3)実体験でも試行錯誤する

履歴書を送るのと平行して、スポーツの現場で働ける機会は、どんなに小さなものでもいいので試していきました。街のマラソン大会や地域のジュニアのテニス大会、また、大学の体育会の試合運営を補助するグループにも登録して、サッカーの試合のボール拾いや、バレーボールでの床ふき係、会場案内やプロモーショングッズを配る係までやりました。だいたい4ヶ月くらい続けましたが、どれも簡単な作業で、僕の性格では、もう少し自分のアイデアを出せる仕事じゃないと、たとえスポーツに携わっていたとしても満足できないということがわかりました。しかし、この上のポストとなると、インターンになるので、学内の仕事であっても、倍率30倍とか、50倍をクリアしなければなりません。クラスメートのうちの数人がそうしたポストをつかんでいくのを横目に、一つの壁を感じました。

 

(4)原点に返る

仕事の応募をあれかな、これかなと考えて、何十通も書いてみましたが、なかなかチャンスをつかめません。秋学期が終わった昨年12月ごろ、ちょうど学位も取り終えたところで、手を止めて、落ち着いて一度考えてみようと思いました。この時、役に立ったのが、大学院への出願書類でした。留学するにあたって、専門のカウンセラーの方とともに、自分がそれまでにやってきたことや思いや考えをじっくりと整理していたのです。そして、大学院への出願書類というのは、「自分は今までこういうことをやってきて、こういう考えに至りました。つきましては、貴校でこういうことを学んで、将来はこのようなことに貢献したい」と書くものです。僕の場合、ここに書いてあった目標は「スポーツとその他の分野を結びつける。そして、ビジネスとして成立させる」ということです。たとえば、僕がプロボノとして働かせてもらっている日本ブラインドサッカー協会は、これを形にしていると思います。僕はこうした形をもっと増やしていく仕事がしたい、という原点に戻りました。

 

(5)ベストプラクティスを感じたい

学位を取得した時点で、自分がアメリカに滞在できる期間のリミットがある程度定まります。学位取得者は、卒業後1年間は学生ビザのまま実務経験を積めるという仕組みがあります。この間で働く先を見つけて、労働ビザを取得できれば、アメリカで継続して働けることになります。原点に返った、残り時間は限られている、ということで、履歴書を送ったり、面接を受けるのと平行しながら、アメリカでのよい見本を探したいという気持ちになりました。授業にスケジュールが拘束されないので遠征も含めて現場にどんどん足を運びました。直接、話ができたケースもありますし、現場を見て、「ちょっと、これは」と意欲が下がったものもありました。現場で得たことのいくつかは、ブログの記事にも書きました。シニア層の活躍を見たことなどはよい見本になりました。

 

(6)大学の人脈も使う

就職カウンセラーの紹介で、インディアナ大学を卒業して、スポーツ業界で活躍している何人かの人と話せる機会もありました。また、直接は会えませんでしたが、履歴書を回してもらえる機会もありました。こうした中には、四大スポーツのリーグオフィスや、メジャーリーグの幹部クラスにまで話がいったこともありました。また、日本人の友人の中にも、手を貸してくれた方が少なからずいました。ただ、このような場合、いかんせん、自分のようなバックグラウンドの持ち主が必要だというタイミングでないと、履歴書を渡した先の話は進みません。時間の限られている留学生の場合、この辺が難しいです。また、インディアナ大学の場合、スポーツマネジメントを専攻する学生数が院生は50人程度ですが、学部生が非常に多く(200~300人くらいらしい)、とても一人ひとりの就職先の面倒を見ることができないという事情もあり、大学はある程度の機会は設けるものの、結局は個人の能力による部分が大きいです。

 

(7)自分のブログに助けられる

送っても送ってもさっぱり返事がないので、実を言うと、一度はスポーツとはまったく関係のない、日本語と英語を使えるような仕事にもいくつか応募してみた時期がありました。履歴書を登録すると、仕事が紹介される転職エージェントも使ってみました。アメリカに残るには、そういう選択肢もあるのではないか、一度、こういうステップを踏んで、次にもっとやりたいことに近づくというルートもあるのではないかと。ただ、こういうのに出してみると、どうにもこうにも、体の感覚の具合が悪いのです。無理してるな、というのが自分でわかります。書類を出しただけで、こんな感覚なのに、とうてい毎日は働けそうにないというのが実感でした。また、そんな弱気な時には、自分のブログの記事が救ってくれました。何を求めているのか、何を学んできたのか、何をよいと思ってきたのか。日々の生活の中で忘れてしまったものを思い出すきっかけになりました。「情熱のないものを仕事にしようなんて」という記事などはその典型です。

 

(8)そして

今は、地元の子供向けのスポーツクラブで運営のインターンをしています。小規模ではありますが、どうやって生徒を増やすかとか、収入を増やすかということを考えるのが主な仕事で、マーケティングやPR、スポンサーシップという感じです。人脈をたどって、半ば強引にポストをつくってもらったようなものですが、過去に行ったボランティアよりは、自分のアイデアを反映させられるので、やりがいを感じています。ただし、上記のように時間は限られているので、フルタイムで働けるポストは継続して探しています。始めてみて実感したのは、こうした仕事は、相当高度な言語力が求められるということです。たとえば、チラシのキャッチコピーを考えるという仕事で、主旨やコアメッセージを見つけ出すところまでは難なくできても、それを最後に形にする段階で、微妙なニュアンスを取り切れなかったりします。これもまた一つの壁です。

こうした自分の試行錯誤を公開してどうなるのか、と思う人もいるのかもしれません。僕としては、アメリカでスポーツマネジメントを学んで、働きたいという人のために、経験をある程度伝えておきたいと思いました。器用な人はもうちょっと論理的に考えたり、うまく他人の力を使ったりできるのでしょうが、僕は行動して、自分の感覚で確かめて、軌道修正するしかありません。